人・鳥・社会の幸せのために

天使がくれた感動

はじめに
以下文章は http://www.toolady.com/articles/touchedbyangel.htm に登録されているエッセイの翻訳です。本文はペットバードレポート誌に掲載された記事を著者の許可を得て再掲するものです。

Touched by an Angel
(天使がくれた感動)

Sam Foster(サム・フォスター)

ピンク色をした天使... まさに彼女はそうでした。彼女は私たちの心に喜びを運び、我が家に笑いを与え、そしてペットバードとの関わり合いについて私たちの考え方を永遠に変えてしまったのでした。

インカの愛情と信頼は私たちに感動を与えてくれました。永久に私たちは心にとどめてゆきます。彼女は惨事や絶望という事態すら予想しなかった嬉しい結果に終わることもあるのだと教えてくれました。

クルマサカオウムについて、そのペットとしての可能性に関して以前からいろいろな意見があります。この極めて特別な生物については、たくさんの人を魅了するような特徴があまり無いというのが一般的な意見のようです。

神経質で怯えやすいとか、白色系オウムと比較するとあまり賢くないとか、あまり愛情深くはないといった理由によりペットとしてはあまり適格ではないとか、そういった記述を見かけたことがあります。たぶん私たちの元に居た小さな天使は、その例外だったのかもしれません。

もしその通りだとしたら、運命がこの素晴らしいトリのお世話係りとして私たちを選んでくれたことを本当に感謝しています。インカが私たちの生き方にどんな影響をもたらしたか、お話をしたいと思います。


友人がブリーディング時期をむかえたクルマサカのオスの成鳥を飼っていて、私はその友人のためにメスの成鳥を探していました。この美しいオウムは原産地のオーストラリアでさえ飼われている数が少なく、また野生の個体を捕まえるのは現在は禁止されています。

あちこち電話したところ、南オーストラリアでブリーダをしている人に紹介されました。その人のところには最近ヒナ1羽を孵したばかりのペアのうちオスが落鳥しメスが残っていました。

オスの解剖をしましたが特段の問題箇所はみつからず、また母鳥とヒナは元気でした。この飼い主は残されたメスのために別のオスを探すつもりはなく、メスを買いたいという希望者がみつかり喜んでいました。


ケアンズに向けてメス鳥の輸送準備が終わったときに、ヒナの方も欲しいかどうか尋ねられました。どうやらオスが落鳥した後にメスが定期的な給餌を放棄してしまい、飼い主が一日に2~3回ほど家に連れてきてスプーンで給餌しては禽舎に戻していたようでした。既に生後14週間が経っていて、攻撃的ではないにせよ、人工育雛されたという状態では無いようでした。

そのときは、既に私の元にはクルマサカの若いペアがおり、ブリーディング用に飼っている鳥達を増やすつもりはありませんでした。その飼い主と長々と話した末、飼い主はこのヒナに全然興味が無いことが解り、300豪州ドルで買うことにしました。私としては、まずこの若鳥をかかりつけの獣医に健康診断してもらって、そして一人餌になって人や他のトリに馴れてきてから、別の飼い主を探そうと考えていました。


クルマサカ2羽はアデレード空港まで車で2時間、シドニーまで飛行機、長い待ち時間を経て北オーストラリアまで飛行機で移動。こちらの空港に到着したときはこの難行でうけたストレスでいっぱいの様子でした。

ただちにメスを友人に届け、キャリアーの中で大きな声で威嚇して鳴く美しいピンク色のヒナと長旅最後の45分を車で家へむかいました。ヒナはキャリーに入れられて大きな声で威嚇していました。その時私は彼女をインカと呼ぶことにしました。翼を広げて黄色と明るいオレンジ色をしたりっぱな冠羽でディスプレイしている姿は、古代インカインディアンの絵を思い起こさせたからです。


家に到着し、彼女を出してみるとシラミだらけになっているのが解りました。この不快な邪魔者を払い、彼女のくちばし、指先、目、鼻などをチェックしたのち、検疫用の仮ケージに入れました。


彼女はとても用心深く、私たちの動きをひとつひとつ観察し、エサや水を与えるときにはシュッシュッと威嚇しました。その夜は早めにケージにカバーをしました。彼女は疲れきっていて、この段階では何よりも眠りが必要だったからです。


翌朝になっても、あまり食べてくれなかったため、かかりつけの獣医に出来るだけ早く予約を入れることにしました。

その日は何度もケージの扉をあけて、優しく声をかけケージから出てくるように促しました。彼女は出てきませんでしたが、威嚇しなくなり、彼女にとっての新しい環境により興味を示すようになってきたようでした。

午後になり悲鳴が聞こえたので見てみると、右翼の一部がケージの縦格子の間に捉えられていました。彼女はケージの隅から引っ張ろうとしていましたが、翼の外側先の方にある初列風切のうちいちばん端の2枚が針金にひっかかっていました。


夫がケージの扉をあけて、ケージの内側から優しく彼女を持ち上げ、翼を外してあげました。彼女は止まり木に登りましたが、右の翼が少し下がっていました。言うまでもなく私たちはとても心配しました。

午後と夕方の間じゅう、ずっと彼女を注意して見守っていましたが、そうしているうちに翼の位置が元に戻ったので安心しました。

夕食後、彼女をケージから出して翼の状態をよく見ることにしました。タオルで背中部分と胴を優しく包み抱かせてくれたときは、嬉しく思いました。彼女をカゴの横の床に降ろすと、両翼をもちあげ、冠羽をたてて、めいっぱいの金切り声をあげて、ばたばたと反対側に飛んで鉢植植物の陰に隠れようとしました。


夫がこの若鳥を拾い上げ、私に手渡してくれました。インカを膝に乗せてみると、彼女の翼の下に何やら暖かいべたべたした物に触れました。「きゃあ、出血してるわ!」夫は私がそう叫びだしたと言っています。

私がただ覚えているのは、それから数時間というものは悪夢のようだったことです。私たちは翼を持ち上げて出血箇所を確認しました。翼と身体の境目のところにできた穴から血が吹き出して、骨が身体本体からとびだしていました。

夫がタオルをつかんでインカを包み胸に抱きながら、優しく患部圧迫を始めました。私はいそいで電話に走り主治医に電話したところ、夜の7時半だというのに未だオフィスにいるということで安堵しました。トリに緊急事態が発生したと告げただけで、すぐ連れてくるように言われました。


曲がりくねった山道の2車線道路で、普段なら車で30分かかるところを、私の運転で20分で到着しました。インカは暗い車内で夫の膝に静かに乗り、夫は彼女の顔をなでながら良くなるからねと声をかけていました。

叫び声も、もがくこともなく、まったく動くことはありませんでした。大きくて暗い二つの瞳が、まるで「なぜ?」と問うかのように、夫の顔を見つめていました。

獣医は急いで彼女を診察し、ただちに緊急手術をすると告げました。麻酔から覚めるまで待ちたかったのですが、家にさし餌が必要なヒナ達もいましたし、医者も手術に何時間かかるか解らないと言っていました。私たちは無言のまま車で家に戻りました。

彼女の小さな身体は長旅でうけたストレスで弱っているうえ大量に出血してしまい、とても重篤な状態であることは解っていました。私は静かに祈りつつ、もしインカが助かるなら決して手放すまいと思いました。


長くて永遠に続くのではないかと思われた時間が過ぎ、電話が1時間半後に鳴りました。医者は骨折箇所に金属のピンを設置して傷口を縫合したと教えてくれました。彼女はとても弱っているけれども、もし朝まで持ちこたえたら、完全に治る可能性があると言われました。

私たちは翌日の午前8時ちょうどに病院に戻り、手術室に通されました。インカは、ヒートランプの隣に置かれた小さなケージの隅にある止まり木にとまっていました。なんて可哀相な光景でしょう。

輸送用の小さなケージに押し込まれていたせいで彼女は汚れていて、前夜の傷のせいで羽毛には血液の染みがあり、その顔には「次は何が起こるの?」という表情が浮かんでいました。


獣医は翼のX線写真を示して、複雑骨折した箇所は翼の付け根付近であり身体本体の内側に近い箇所だったことを知り、私たちはとても驚きました。

ケージに引っかかったときに怪我をしたのではないかと考えましたが、私たちが見たかぎりは翼をひねってしまった様子は無かったですし、すぐに外してあげることが出来ましたから、それは疑わしいと思いました。

他に考えられる原因は2つしかなく、輸送当日の早朝に捕まえられて箱に入れられた際に怪我をしたか、移動中の小さい箱の中で怪我をしたかでした。しかし原因は解かりようがありません。


この怯えているクルマサカのヒナをタオル地で中張りしたダンボール箱に入れて、一緒に車で帰路につきました。インカを箱に入れたままにし、その日はずっと眠っていました。

午後四時に獣医から渡された抗生物質剤の注射をし、スプーンをつかってフォーミュラを少し食べさせることが出来ました。彼女がとても弱って無力に見えて、彼女を抱きながら静かに泣きました。助かってくれるかしらと思いながら。


その答えは、翌日の夜明けに解りました。私達は目覚め、インカも目をぱっちりと開けて目覚めているのが解りました。

もう一度、フォーミュラを少し食べさせて、発芽させたシードを与えてみました。午前中それをつついていましたが、まだ疲れている様子だったので、箱の一部を覆ったままにして引続き休めるようにしておきました。

昼間になり箱に近づいてインカの様子を見ようとしたら、突然、驚くことがありました。私は飛び上がり、夫に向かって叫びだしました「彼女が噛んだわ!強く噛んだわ!」。

この大切なヒナが確実に良くなってきているので私は有頂天になりました。私たち夫婦のどちらかをインカが噛んだのはこのときが初めてであり、このとき以外は二度と噛むことはありませんでした。


暖めたフォーミュラをスプーンで口元に持ってゆくと、インカは頭を後ろにそらせて食べ物に向かってきて、頭を上下に動かしました。怪我を負った私たちのヒナは、実に空腹だったのです。

何口か食べると、何分間か抱っこさせて顔をなでさせてくれた後、ダンボール箱の仮のおうちに戻りました。1時間してから様子を見ると、箱の端から端に向かって生野菜を放っていました。自分で食べていたのです(少なくとも遊んではいました)。


その日の午後、再び注射をしてからインカはもう少しフォーミュラを食べました。他のさし餌ヒナたちに食べさせて安全に「おやすみ」させてから、再び、あの小さい仔のところに行ってやさしく抱きあげ、今後何年かの間インカと私の双方にとって寝る前に必ず行うお約束事となろうことを始めました。

このヒナを胸に抱いたまま私は安楽イスにもたれ、彼女はくちばしを伸ばしてきて私の下くちびるを優しく引っ張りました。そしてインカはリラックスし、頭を私の首にくっつけてきて、2分後にはすぐ眠ってしまうのでした。夫が私たちを毛布で包み、私たちは身動きもせずイスで1時間以上も眠りました。


翌朝、夜明けの直前に、インカがくちばしを箱の壁にこすりつける音で私は目覚めました。私たちのベッドのすぐ隣が彼女の定位置となっていました。


私は乗り出して彼女をベッドの上に持ち上げました。彼女は首を伸ばして私の下くちびるにキスをしてくれて、それからごはんをねだる声だしました。

フォーミュラを少し食べてから、彼女は私の腕に上り胸元に来て、私の顔のほうに触れようとしました。顔をかがめると、私たちの可愛い天使は、この上なく優しく、私のまつ毛にプリーニングをはじめました。


箱に戻るとインカはすぐに水に浸したシードを食べだしました。まだ弱ってはいましたものの、私たちが新しく迎えたこのトリが、ようやく回復への道をたどっていることが解りました。

その朝、初めてインカの写真を撮りました。本当に可哀相な姿をしていました。輸送用の箱に長く居たために尾羽と腹は汚れていて、右半身は血液と手術で使われた消毒液で赤く染まり、小さな身体に生えている羽毛のすべてがボサボサして見えました。この素晴らしい生物の表面はみすぼらしく見えても、その底は、生きようとする強い意志で覆われていました。


インカは明るく輝く瞳で私たちを見上げ、頭を少し片方にかしげ、そしてとても低い音で喉を鳴らしながら私たちの顔をプリーニングしようと伸びてきたときに、愛情と知性がこの小さなトリから発散されているのを感じ取ることが出来ました。インカは苦痛から生き延びられるように助けてくれたのだと、私達に感謝してくれているのが何となく解りました。


時が経つとともにインカは回復し、個性も出てきました。翼からピンを外す時期になったので獣医の事務所に行きました。インカは、パニックを起こすことなく、獣医の腕にのぼり彼の顔をプリーニングしだしたので皆びっくりしました。

その日以来、車にインカを乗せて移動して彼の事務所近くを通るときは、先生にご挨拶するため事務所に立ち寄らなくてはならなくなりました。いつでもOKのご招待を受けたのです。インカは暖かく、優しく接してくれるする人には、自ら喜んでその人のところに行くのです。


インカが私たちの家族に加わったのは素敵なことでした。しかしながら他のペットのオウムたちとは仲良しにはなりませんでした。インカは「ママ」の特別な仔だったのです。

彼女が私たちと過ごした時間は言葉にできないほど特別なものです。毎日がインカにとって楽しい出来事であり、最も満ち足りた人生を過ごしたのです。とても幼い頃に失われてしまいそうになった命だったせいしれません。


毎朝いちばんにインカは、私たちのベッドの隣に置いてある就寝用カゴから出て、カバーの下からよじのぼって「ママ」に抱っこしてもらいに来ました。昼の間は、他のトリ兄弟姉妹と一緒にトリ部屋で昼用ケージに入って過ごしたり、私たちに抱っこしてもらったり一緒に遊んだりしました。

私がヒナにさし餌をしていたり、ヒトやトリのために食事支度をしていたり、読書していたり、電話で話をしていたり、テレビを見たりしていたり、私がそんなことをしていようと、インカは私と一緒に居るだけで完全に満足しているようでした。

彼女は私の安楽イスの肘掛けの上にとまって、その堂々とした冠羽をプリーニングして欲しがりました。私が手を休めようとすると、くちばしを伸ばして私の手を持ち上げ、指の下に頭をくぐらせ、あの美しく微笑む顔で私を見上げるのです。どうして断ることができるでしょうか。


居間に古い敷物をしいたところ、インカは遊び場として受け入れました。おもちゃで一杯になっている柳細工のバスケットを与えたら、彼女はバスケットの端に止まり、頭を立てて何か特別なものが見つかるまで覗き込みました。そしてバスケットにはい下りてその宝物を取り出し、バスケットの上にそろそろと戻ってとまり、そのおもちゃを足で握り、調べたり壊したりするのでした。


ときおりインカは遊んでいるうちに全く手がつけられない状態になることがありました。特段の理由も無いのに冠羽を立てて翼を広げ、小さな円を描くようにクルクルと回り出しました。まるで犬が自分のしっぽを追いかけているかのように。

彼女のこの行動がみなさんの目にうかびやすいように、楽しんでもらえるように、私たちの家について説明します。オーストラリア北部は、南国の気候のため、昼の間はドアを開け放しで網戸は張っていません。

インカがクルクル廻り出すと、まるでこまが廻るように、横の方にも動き出しました。何度かは、回転が早すぎてしまって、彼女(または私たち)が何が起きたか気づく前に外のベランダに出てしまい、さらにそこから地面に落ちて、インカは突然に止まりました。インカは頭を上げて辺りを見回し「いったい何がおきたの?」と言うかのようでした。


ある夕べのこと、夫と私が台所で夕食の支度をしていて、インカは居間で遊んでいました。インカからは私たちの姿を見ることは出来ましたが、充分に近い距離ではないと感じたのだと思います。階段を3段よじのぼり、私たちが立っている場所までわざわざ歩いてきました。

私は彼女を見て言いました。「インカ、今は抱き上げてあげられないの、私は両手が汚れているから。パパはストーブでお料理しているし。」彼女の顔にうかんだ当惑の表情を、私は決して忘れないでしょう。そして彼女は戸棚の隅のところまでずっと歩いてゆき、顔を戸におしつけたまま立っていました。まるで学校で「隅で立っていなさい」と命じられた子供のように。

数分たつと、彼女は片足を持ち上げて、両目を閉じました。この時から、私たち二人が台所にいるときに注意を引きたくなると、いつでもこういった事をしたのでした。


就寝時間は午後7時ぴったりで、インカは夏でも冬でも時間どおりに寝ました。これは彼女が決めたことです。いつも6時ごろに私たちと一緒に夕食をとり、6時半までにはソファーで夫か私に抱かれながらくちばしをゴリゴリこすり始めました。

無礼にも誰かが何かの理由で時計を気にしていないと、きっかり午後7時に、彼女は6つの階段を上がって寝室のほうに歩いて行くのでした。寝室のドア近くの床のうえに立って待ち、私たちのどちらかが彼女を抱き上げて怠慢な両親であることを存分にお詫びして、無事に寝場所に入れてもらうのでした。


インカが私たちのところにくる前に、私たちはオーストラリアのオウムを既に5年間育ててきましたが、オウムが有する賢さと感情の深さ、そしてヒトを受容することについて、ずっと驚嘆させられてきました。今でも驚嘆しつづけています。

インカは私たちにとって新しい1小節であり、希有で特別な生きものとの交流についてその重要性というよりむしろ必要性を彼女が肯定的に教えてくれました。私たちが新しい挑戦を受入れ、生き方と心を新しい経験にオープンにすれば... そうすれば天使が感動を与えてくれるかもしれません。

(TSUBASA初公開:2000年)
無断転載・掲載厳禁

この情報は公開した当時の状況に基づいて執筆されています。現在の状況にそぐわない記述がある可能性があります。予めご了承ください。



by soushi914 | 2001-06-15 18:26 | 海外レポート

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