人・鳥・社会の幸せのために

(2)行動の調和:コンパニオンパロットと仲良く暮らす

サム・フォスター/ジェーン・ホランダー

一人餌に切り替える際の精神的外傷
ペットバードレポートでは、一人餌への切り替えと環境への適応について、そのいずれをも達成するための効果的な手法とともに、すばらしい記事を提供してきました。残念なことに、コンパニオンパロットの飼主すべてが、ペットバードレポートを読んでいるわけではありません。私は、多くの人々が一人餌に切り替わる際の精神的外傷や、若い、一人餌に切り替えさせられたカカトゥー(他の種類も同様ですが)が感じるストレスの徴候を認識することができないのに驚いています。

しつこく、絶え間ない泣き声(飼主はよく、風船から空気が抜ける音にたとえます)や、前後にゆらゆら揺れて、時々噛みつくような動作をするのは、いくつかのことが原因だと思われます。最も一般的なケースは、一人餌への切替えが適切でなかったことに関連する精神的外傷で、身体的あるいは精神的なもの-しばしばその両方となることがあります。悲しいことに、最高の善意がありながら、これらの問題と長期にわたって闘ってきた鳥の飼主が、一人餌に切替える際の精神的外傷とはおそらく関係ないだろうと信じていた、というケースがあまりにも多いのです。


食べることと食べ物を捜すこと
私たちのほとんどに共通の最終目標は、感情を込めて滋養され、やがて快活で、環境によく適応し、自立心のついた子になり、身体的に健康で一人で食事のできる子に育てることです。しかし、これはすべての場合においてそうであるとはかぎりません。私たちは、成長過程におけるこの段階の重要性と、このプロセスがうまく達成されなかったら結果として起こるかもしれない悲劇的な結末を、どうやって人々にうまく印象づければよいでしょうか?繰り返しますが、おそらく、親鳥とその発育中のヒナとの関係において起こることを、より詳しく分析し理解すれば、より明確な輪郭を描くことができるかもしれません。

野生の場合、カカトゥーはさまざまな気候風土の変化にさらされており、かれらはすべてが熱帯の鳥であるとはかぎりません。主として森や森林地帯に住んでいる鳥(たとえば、タイハクオウム、ヤシオウム、オオバタン)もいれば、低木の茂みや田園地帯に住む鳥(クロオウムの数種やアカビタイムジオウム)もおり、また2~3の種類については、非常に雨の少ない砂漠地帯で生きていく能力を持っています(クルマサカオウムなど)。さらに、キバタンやモモイロインコのように、非常に多様性のある気候風土や環境に適応してきたものもいます。

たとえどのような生息地、たとえばオーストラリア、インドネシア、ソロモン諸島、ニューギニア、フィリピン、ジャワ海の島々...でも、母なる自然がかれらの食習慣、そして最終的には生き残ることにおいて主要な役割を果たすのです。できるかぎり、さまざまな食糧に対して必要な、本来の積極性と適応能力がなければ、これらの鳥の運命は結局のところ危ういでしょう。

私たちは何年もかけて、キバタン、アカオクロオウム、モモイロインコの大きな群れについて、行動、繁殖、そして食習慣を詳細にわたって観察することができました。私は、人々がオウムのことを浪費家(何かを一口取ってそれを落としたり、食べ物を容器の外に放り投げる)だと言うのを聞くと、いつも笑ってしまいます。私たちは時として、これは注意をひくための、単なる練習ではないんじゃないか...かれらは単にカカトゥーという生きものなのに、と不思議に思うことがあるのですが、かれらは本当に浪費家になろうとしているのではないと、私は確信しています。かれらの自然の生息地では、豊富な食べ物があるとき、かれらはパッションフルーツ、マンゴー、ポーポー、あるいはユーカリの花の小さな房をしょっちゅうかじって取り、残りは地面に落として忘れてしまうのです。

この数年間に、私たちはサイクロンを含む非常に湿度の高い季節に2回遭遇しました。こういう特別な年の雨期には、私たちが毎日見ていた鳥の数が、みるみるうちに減っていきました。けれども私たちが車で30~40キロほど西の、もっと雨の少ないところに行くと、見慣れた大きな群れが再びあらわれたのです。明らかに食糧は大きく違いますが、鳥たちはよく食べ健康でしたし、雨期が過ぎればいつものように、また元の生息地へ戻っていったことでしょう。

雨期にほんの少ししか雨が降らず、いつもはたくさんのフルーツや花の咲く木があまりない年が、1年おきにありました。この時期に私たちが見たのは、移動する群れではなく、かれらが他の年の同じ時期とは全く違う食べ物に適応していたことです。かれらは、ユーカリの花やその他の雑草や草の実をよく食べていたものでした(もちろん、気晴らしにサトウキビや小麦畑を食い荒らす間のことですが)。

毎年5月の初めごろ、アカオクロオウムの群れが、夏の雨季が過ぎた後に新鮮な食料が豊富にある地域でえさを食べるために、私たちの屋根の真上を飛んでいくのを見ると、本当にうれしくなりました。この鳥たちは通常、その地域に数ヶ月間滞在し、いつも雨季が始まる前に旅立って、また違う雑草や食糧のある大分水嶺のほうへ向かって、西へ戻るのです。

かれら(と他の種類の鳥)はしばしば、最近巣立ちしたヒナと一緒にいて、私たちは、かれらが食べ物の捜しかたや食べかたを教わっているのを観察することができました。時々親鳥は、おいしい食べ物を捜しに行く間、(大声で食べ物をねだっている)若い鳥を私たちの敷地にある大きな木の上に置き去りにました。親と一緒にいたり、自分でえさを食べたりするかれらを見る機会はいろいろありましたが、うまく巣立ちした鳥が、食べ物についてもまた独り立ちしているのは明らかでした。しかしそうでなくて、枝の上で前後にゆらゆら揺れながら、泣き叫んだりピーピー泣いたりしつづけると、親はいつも2~3分で戻ってきてえさを与え、自分が本当にすぐ近くにいるということを知らせるのです。

こういった自然の本能や、野生のカカトゥーが食べているものの多様性(多くは、気候風土や環境による必要性から)を考慮すると、私たちの鳥に残る遺伝的影響はいまだにとても強く、食事も含めたかれらの行動のいろいろな面において、重要な役割を演じつづけるだろうと思います。ですから、もし私たちのカカトゥーが、ある日突然、目の前にある穂軸についたトウモロコシの粒を無視したら、いつも食べている新鮮なフルーツの香りのするボウルのところで、親指でくちばしを開ける、あるいはその皿に、かれらが普段走り寄ってくるほど好きな、ふかしたサツマイモが入っているかのように見せかける、などの行為は、まさにかれらを殺そうとしているようなものです。まずひとつ深呼吸をしましょう、他に栄養のある食べ物が十分あることを確認してください、そして毎日いろいろなものを与えることについて、忍耐強くなろうと誓ってください。ほとんど保証してもよいでしょう、同じ鳥が、穂軸についたトウモロコシをちらりと見て、“これ、3ヶ月間もどこに置いてたの?”とでも言いたげに私たちをにらみつける、なんていう朝がやってきます。


優越性
行動の調和という考えかたは、必ずしもオウムの全種類が同じように行動したり、あるいは同じ飼育方法に対して反応するとは限らない、ということが重要な前提となっています。たとえば、人々はよく、次のような包括的な言いかたをします、オウムはみんな支配的な扱いに対して反応するのだから、あなたは自分の鳥に、あなたの望んでいることをさせなければならない、そうしないと、あなたのオウムは自分を群れのリーダーだと思い込み、あなたの生活を情けないものにしてしまうことでしょう。

残念ながら、このアドバイスの少しでも受け入れられ、“すべての鳥”に“どんな時も”効果があると信じられている場合、それを信じて疑わない飼主が、それがなければ防ぐことができたはずの身体的外傷を負う可能性がありますし、両者の信頼がこわれることによって、鳥と飼主との関係はほぼ確実にダメージを受けるでしょう。性的に成熟した(または成熟期にある)オスのカカトゥーの中には、非常に攻撃的なやりかたで、自分を管理する人間の忍耐力と技量を限界まで試し、自分の優越性をふりまわそうとするものがいます。このような場合の多くにおいて、最もうまく行く方法は、鳥を服従させるよう強制するのではなく、カカトゥーに受け入れられ、また最も重要視されている、認識された社会構造との関係を維持し、あるいは多くの場合再構築するため、冷静に、首尾一貫して努力することなのです。

しかしながら、すべての種類がみな同じように攻撃的になるわけではありません。たとえば、ヨウムだけで構成されている群れに住むヨウムは、1種類以上、たとえばコンゴウインコ、ボウシインコ、コニュアなどの群れが入り交じっている、南米の多くの種類とは異なっています。食べ物や巣穴をめぐって争う、数種類の異なった鳥がいるところでは、1種類だけで構成され、しかもそのうちの多くが同じ家族の出身という群れよりも、鳥同士の攻撃が発生する率が高いでしょう。

本能的に、複数の種類で構成された群れ、ということがおそらく、他の鳥に対する攻撃性のレベルをヨウムの群れよりも高くしてしまうのだと考えられます。したがって、人間の優越性を駆使したやりかたを用いる場合、ヨウム以外のオウム類に対して与えるマイナスの影響は、ヨウムに対するそれよりも少ないのではないでしょうか。もしあなたが、優越性の理論を用いた模範的な例が裏目に出て、ヨウムを人間に対する恐怖感へとさらに後退させてしまうのを見たいなら、臆病なヨウムを真正面から見つめて、手に乗るようステップアップと要求してごらんなさい。私は、一部の人々が言うほどにヨウムは感受性の強い種類ではないと信じていますが、他のある種のオウムよりも攻撃性は少ないので、それに応じてかれら本来の性質に配慮しながら世話をするべきだと信じています。かれらの自然な行動パターンに対する理解の足りなさが、私たちが毛引き症や恐怖症のヨウムをよく見かける理由のひとつなのではないでしょうか。

私たちのペットバードとの調和のとれた関係をどうやって達成し、維持するかを学ぶことは、かれらの存在に対して敬意を払い、かれらの精神的幸福・身体的幸福の双方に対する責任をみずから進んで引き受け、かれらの本能的行動の背後にある理由と影響を理解するために、できるかぎりの努力をすることから始まります。こういった根本的な基盤を、ブリーダーはじめ私たちみんなで最初から作れば、私たちのコンパニオンパロットとともに行動の調和を築き、楽しく暮らすための努力は、さらに焦点が明確になり、そして願わくは効果的になるのです。

Pet Bird Report#43 Behavior Compatibility:
Living in Harmony with Companion Parrots
(TSUBASA初公開:2000年)
無断転載・掲載厳禁

この情報は公開した当時の状況に基づいて執筆されています。現在の状況にそぐわない記述がある可能性があります。予めご了承ください。
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by soushi914 | 2001-06-15 18:34 | 海外レポート

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